タトゥーアーティストであれば、アトピー性皮膚炎を持つクライアントから「タトゥーを入れたいけど大丈夫?」という相談を受けることもあると思います。アトピー性皮膚炎の方にタトゥーを施術する際は、一般的な方よりも高いリスクが伴うため、十分な情報の提供が欠かせません。
アトピー性皮膚炎の方は肌のバリア機能が低下しているため、感染症リスクや炎症の悪化、治癒不良などの合併症が起こりやすくなっています。
この記事では、知っておくべきアトピー肌への対応方法と、クライアントに伝えておくべき大切なポイントを解説していきます。
アトピー性皮膚炎のタトゥーへの影響
まずは、アトピー性皮膚炎がタトゥーにどのような影響を与えるのかを理解しておきましょう。適切な判断をするために、基本的な知識を押さえておくことが大切です。
アトピー性皮膚炎の特徴
アトピー性皮膚炎は慢性的にバリア機能が低下する皮膚疾患で、健常な肌と比べて外部刺激に対する防御力が弱いのが特徴です。。
日本国内では成人の約10~11%がアトピー性皮膚炎を患っているとされており、決して珍しい疾患ではありません。肌の水分保持能力が低く、常に乾燥しやすい状態にあるため、わずかな刺激でも炎症を起こしやすいのが特徴です。
健常肌 | アトピー肌 | タトゥーへの影響 |
---|---|---|
バリア機能正常 | バリア機能低下 | 感染リスク増加 |
適度な水分量 | 慢性的な乾燥 | 治癒遅延の可能性 |
刺激に対する耐性あり | 敏感肌状態 | 色素沈着リスク上昇 |
炎症反応正常 | 過剰な炎症反応 | ケロイド形成リスク |
タトゥー施術が与える肌への負担

タトゥーは針で真皮層まで色素を注入する行為のため、健常肌でも相当な負担がかかります。施術中は多数の微細な傷が生じ、その傷が治癒する過程で色素が定着していくのです。
アトピー肌の場合、この治癒過程が正常に進まない可能性が高く、予期しない肌トラブルが発生するリスクがあります。特に免疫力低下時の注意が必要で、普段症状が落ち着いている方でも急激に悪化することがあります。
金属アレルギーとタトゥーインクの関係
アトピー性皮膚炎の方は、同時に金属アレルギーを持っているケースも多く見られます。一部のタトゥーインクには微量の金属成分が含まれているため、施術前のパッチテストが特に重要になってきます。
赤系のインクに含まれる水銀や鉄、青系のインクに含まれるコバルトなど、様々な金属成分がアレルギー反応を引き起こす可能性があります。事前の確認を怠ると、施術後に重篤なアレルギー反応が起こる危険性があるので注意が必要ですね。
アトピー肌へのタトゥー施術で考えられるリスク
アトピー肌への施術では、通常のタトゥーリスクに加えて、特有のリスクが存在します。これらのリスクを正しく理解し、クライアントにしっかりと説明することが求められます
感染症のリスク
健常者でもタトゥー施術後の感染率は0.5~6%程度ですが、バリア機能が低下したアトピー肌ではさらに高くなります。細菌やウイルスが侵入しやすく、一度感染すると重篤化しやすいのが特徴です。
特に黄色ブドウ球菌や連鎖球菌などの常在菌による感染が起こりやすく、蜂窩織炎(ほうかしきえん)という深刻な感染症を引き起こすリスクもあります。施術後の適切なアフターケア方法の指導が欠かせません。
- 細菌感染による膿瘍形成
- ウイルス感染による水疱形成
- 真菌感染による慢性的な炎症
- 敗血症への進行リスク
異常な炎症反応と治癒不良
アトピー肌では免疫系が過敏になっているため、タトゥー施術に対して異常な炎症反応を示すことがあります。通常なら1~2週間で落ち着く赤みや腫れが、数か月にわたって継続することも珍しくありません。
また、治癒不良により色素の定着が不均一になったり、期待した仕上がりにならないケースも多く報告されています。修正施術を行おうとしても、肌の状態がさらに悪化する可能性があるため、慎重な判断が求められます。
症状 | 通常の反応 | アトピー肌での反応 |
---|---|---|
赤み・腫れ | 1~2週間で改善 | 数か月継続の可能性 |
かゆみ | 軽微で短期間 | 強いかゆみが長期継続 |
皮剥け | 正常な治癒過程 | 過度な皮剥けと色落ち |
色素定着 | 均一な定着 | まだらで不均一 |
ケロイドや色素沈着のリスク
ケロイド体質の方がアトピーを併発している場合、タトゥー施術部位に肥厚性瘢痕やケロイドが形成される可能性が高くなります。一度ケロイドができてしまうと、除去は困難で、見た目にも大きな影響を与えてしまいます。
さらに、炎症が長期化することで、タトゥーとは無関係な色素沈着が周囲に広がることもあります。これは炎症後色素沈着と呼ばれる、炎症が治まった後に色が残ってしまう現象で、アトピー肌の方では特に起こりやすいトラブルの一つです。
タトゥー施術前の徹底したカウンセリング
アトピー肌のクライアントへの施術では、通常以上に丁寧なカウンセリングと事前準備が必要になります。リスクを最小限に抑えるために、以下のポイントを確実に実施していきましょう。
医師への相談の推奨と現在の症状確認
アトピー性皮膚炎の治療を受けている医師への事前相談を必ず推奨し、施術許可を得てもらうことが重要です。現在使用している薬剤との相互作用や、症状の安定度を専門医に判断してもらいましょう。
近年、生物学的製剤やJAK阻害薬など、アトピー性皮膚炎の新しい治療法が登場しており、これらの薬剤を使用し、症状が落ち着いているクライアントも増えています。これらの治療薬は免疫抑制作用により感染症リスクをより高めるため、タトゥー施術時には特に注意が必要です。
また、施術希望部位の現在の状態を詳しく確認し、活動性の炎症がある場合は施術を見送る判断も必要です。クライアントの安全を最優先に考えた判断を心がけてください。
- 皮膚科医からの施術許可書の取得
- 現在使用中の薬剤リストの確認
- 過去1年間の症状変化の聞き取り
- ステロイド使用状況の詳細確認
パッチテストの実施と施術部位選び
金属アレルギーの可能性を考慮し、使用予定のインク全色について48時間のパッチテストを実施します。テスト部位は目立たない場所を選び、反応の程度を慎重に観察することが大切です。
施術部位選びでは、普段アトピー症状が出にくい部位を優先的に検討します。関節部分や摩擦が多い部位は症状が悪化しやすいため、避けることをお勧めします。
推奨部位 | 注意が必要な部位 | 避けるべき部位 |
---|---|---|
上腕外側 | 手首・足首 | 肘・膝の関節部 |
肩甲骨周辺 | 胸部・腹部 | 首周り |
太ももの側面 | 背中中央部 | 現在炎症がある部位 |
施術前のカウンセリングでの重要事項
カウンセリングでは、リスクの説明だけでなく、クライアントの理解度も確認する必要があります。特に若い方の場合、リスクを軽視する傾向があるため、過去のトラブル事例や、施術後のアフターケアを行った場合の肌の状態などを具体的な事例を示しながら説明することが効果的です。
また、施術後のアフターケア方法についても詳しく説明し、普通の方よりも長期間にわたる注意深いケアが必要であることを理解してもらいましょう。不安な点があれば遠慮なく相談してもらえる関係性を築くことも大切です。
アトピー肌への安全なタトゥー施術に向けた配慮
リスクを理解した上で施術を行う場合は、通常以上に厳格な衛生管理と丁寧なアフターケア指導が必要になります。クライアントの安全を守るための具体的な対応策を見ていきましょう。
施術時の特別な配慮事項
敏感肌タトゥーでは、針の刺入深度を浅めに調整し、施術時間も短めに設定することが重要です。長時間の施術は肌への負担が大きくなり、炎症反応を強める可能性があります。
- 針の刺入深度を通常より浅く設定
- 施術時間を短縮し、複数回に分けて実施
- 使用する器具の徹底的な滅菌処理
- 施術中の肌状態の継続的な観察
- 異常があればすぐに施術を中断
施術後の保湿ケアと注意点
アトピー肌の方は施術後の保湿ケアが特に重要になります。通常のワセリンベースの軟膏を複数回外用することで、治癒を促進し合併症を予防できます。
また、施術部位を清潔に保つことも重要ですが、過度な洗浄は逆に肌を傷めてしまいます。ブドウ球菌の繁殖などを防ぐ目的で、1日1回、よく泡立てた弱酸性の洗浄料で優しく洗浄し、、その後はこまめな保湿ケアを継続してもらいましょう。
ケア項目 | 通常のタトゥー | アトピー肌での対応 |
---|---|---|
洗浄頻度 | 1日2回程度 | 1日1回、よく泡立てた弱酸性洗浄料で優しく洗浄 |
保湿剤 | ワセリン系軟膏 | ワセリン系軟膏 |
保湿頻度 | 1日2~3回 | 1日4~5回の徹底保湿 |
経過観察期間 | 2~3週間 | 1~2か月間 |
日焼け・紫外線対策
アトピー肌では紫外線による炎症反応が強く出やすいため、施術後の紫外線対策は特に重要です。直射日光を避けることはもちろん、室内でも窓からの紫外線に注意が必要です。
日焼け止めの使用についても、肌に優しい成分のものを選び、こまめに塗り直すよう指導しましょう。SPF30程度の製品で十分効果が期待できますが、肌への負担を考慮して物理的な遮光も併用することをお勧めします。
アトピー肌のクライアントへの代替案
アトピー肌でタトゥーのリスクが高すぎる場合や、クライアントが不安を感じている場合は、代替案を提示することも私たちの重要な役割です。様々な選択肢を知っておくことで、より良いアドバイスができるようになります。
一時的なタトゥーシール
最近人気が高まっているタトゥーシールですが、アトピー肌の方には注意が必要です。シールの粘着剤や染料にアレルギー反応を示すことがあり、永続的なタトゥーよりもむしろリスクが高い場合もあります。
一時流行中のシールタイプにも固有のリスクが存在するため、「安全な代替案」として安易に勧めることは避けるべきです。使用前には必ずパッチテストを行い、短時間の使用から始めることをお勧めします。
- 粘着剤によるかぶれリスク
- 染料による色素沈着の可能性
- 除去時の皮膚ダメージ
- 感染症予防のための衛生管理
アートメイク

アートメイクはタトゥーよりも浅い層(表皮~真皮浅層)に色素を入れる技術で、持続期間は1~3年程度と短めです。しかし、アトピー肌の方にとって必ずしも安全とは言えません。
特に顔面部特有リスクとして、目や口周りの敏感な部位での施術は、アトピー症状の悪化を招く可能性があります。顔面は炎症が起こった場合の見た目への影響も大きいため、より慎重な判断が求められます。
項目 | タトゥー | アートメイク |
---|---|---|
施術深度 | 真皮層 | 表皮~真皮浅層 |
持続期間 | 半永久的 | 1~3年 |
痛みレベル | 中~強 | 軽~中 |
アトピー肌でのリスク | 高い | 中程度 |
症状コントロール後の再検討
現在アトピー症状が不安定な方には、治療を継続して症状が安定してから再度検討することをお勧めしています。寛解期に入って1年以上症状が安定している場合は、リスクが軽減される可能性があります。
ただし、寛解期であってもリスクがゼロになるわけではないことを理解してもらい、定期的な皮膚科での経過観察を継続してもらうことが大切です。長期的な視点で、クライアントの健康を最優先に考えたアドバイスを心がけましょう。
まとめ
アトピー肌へのタトゥー施術は、感染症リスクの増大や異常な炎症反応、治癒不良など多くのリスクを伴います。タトゥーアーティストには、これらのリスクを正しく理解しクライアントに適切な情報提供を行う責任があります。
施術を検討する場合は、パッチテストと慎重な施術部位選びが欠かせません。また、施術後のアフターケア方法も通常より丁寧で長期間にわたる対応が必要になります。
クライアントの安全を最優先に考え、リスクが高すぎる場合は勇気を持って施術をお断りすることも、重要な判断です。一人ひとりの肌状態に合わせた最適なアドバイスを提供していきましょう。
監修者: 医師 伊藤 瞳子(日本皮膚科学会認定 皮膚科専門医)

経歴:
内科・小児科を併設するクリニックで皮膚科・美容皮膚科を診療する皮膚科専門医。子どもの肌ケア、市販薬の選び方などの情報をSNSで発信する。 近年は医療・保育・教育関係者向けの講演活動にも力を注ぎ、皮膚科の知識を社会に広く伝える取り組みを続けつつ、年間約2万人の診察している。
医師からのメッセージ:
私はタトゥーを推奨する立場ではありませんが、実際にタトゥー後の肌トラブルで受診をためらい、症状を悪化させてしまう方も少なくありません。
そのため、本ページの監修では、「皮膚の健康を守り、トラブルをこじらせないための正しいケアや医療的視点を伝えること」を目的としています。
一人でも多くの方が、早めに正しい対処や医療につながれるよう、お役に立てれば幸いです。